2026年2月28日土曜日

コーディングスキルは不要になる?

 毎度のことながら久々に記事を書きます. 私事ですが昨年4月に副学部長という役割を与えられ, 雑用学内業務が増えました. 一口に言えば忙しいわけです. 前職(民間企業の研究所)時代もそうでしたが, 同じ場所で長く働いていると, マネジメント的な役割がだんだん増えて, 仕事そのものが, 本来自分がやりたかったものから変質してしまいます. まあマネジメントは誰かがやらないと組織が立ち行かないので, やれる人がやるしかないわけですが. 大学教員としては, 研究と教育に専念できるに越したことはありません.

金沢八景キャンパスのシンボル, 美しく色づいた晩秋の銀杏並木(2025年12月1日朝). 2020年9月にここに来たので, この景色を見るのはもう6度目. 

さて, 今回のテーマはAIコーディング, すなわち生成AIを活用したプログラミング. 今や皆さんもPythonのコードを書く際に多かれ少なかれGeminiなりCopilotなり, あるいはCursor, Calude Code, Antigravityなどのお世話になっていることでしょう.

バイブコーディング誕生から早1年

1年前, Andrej Karpathyがバイブコーディングなる概念を提唱したのが, AIコーディングの一つの転換点だったように思います.

意訳:バイブに100%身を委ね, コードの存在すら忘れ, キーボードにはほとんど触れず, 言葉でコンピュータに指示を出す … エラーメッセージが出てもただそれをコピペするだけ, うまくいかなければランダムに変更させてみてもよい … 意外と悪くない

まさにvibe (雰囲気・ノリ), 巧いネーミングだな~と感心するわけですが, 1年前の状況ではまだそこまでコーディングが変わると想像する人はいなくて, その辺がKarpathyの非凡なところかと.

ものすごい速さで進化

もう1年さかのぼった2年前(2023年末~2024年はじめ)はどんな状況だったかというと, 当時はChatGPTが誕生してまだ1年少々. コーディングが得意ではないうちの学生がChatGPTに指示してPythonのコード(Q-learning: 古典的な強化学習のアルゴリズム)を書かせていましたが, まったく使い物にならないという印象でした.

  • 値は入るが一度も参照されない変数があったり
  • 絶対に発動されない(常にFalseな) if文があったり
  • でもコードの大枠(行動価値Qの更新式やその反復ループ)はまあまあ正しい
こんな具合なので, 人間(= 指導教員😭)がコードをすべてチェックしてバグ取りをして, ようやく動作するという代物でした. ただし, 大枠をAIが考えてくれるというのはそれなりに助けになるので, AIを使うご利益は少しありました.

それから2年が過ぎた現在, 人間が正しい指示さえすれば, ちょっと大掛かりなコードでもほとんど誤りなく生成してくれます. また, 私が書こうと思ったコードを先回りして書いてくれたり, エラーが出たら原因を調べて修正案を提示してくれたり, 本当に今のAIは賢くて気が利きます.

今年1月には, あのLinus Torvaldsがバイブコーディングを使ったというニュースがありました. Torvaldsといえば1990年代, 当時商用OSだったUNIXと互換のオープンソースOS, Linuxのカーネルコードを書いた伝説的エンジニア. そんな達人ですらAIを使う時代になったということです. 

前出のKarpathyは, Anthropic社のClaude Codeの能力について最近のポストで, 11月から12月の数週間で劇的に変わったと述べています. 現在はコードの80%をAIが書き, 人間は残り20%の手直し程度だとか. 彼も間違いなくコーディングの達人なのに….

Claude Codeの能力向上の核心は, 昨年11月, Google DeepMindのGemini 3とほぼ同時期にリリースされたClaude Opus 4.5と思われますが, そのすごさはAGI界隈も注目するほどでかなりヤバい感じ💦

人類は確実にAGIに近づいています.

ただ現実は甘くない

ここまで書くと, 本稿の問いである「コーディングスキルは不要?」の結論はYESになるように思われます. しかし注意すべきは, 上述の事例はすべて(TorvaldsにしろKarpathyにしろ), 「コーディングのプロがAIを使ったら生産性が向上した」としか言っていない点です. コーディングの素人がAIを使うと, 状況は逆になります. まさに大学教育において, この逆の状況があちこちで発生しています.

この1年で, 大学の卒論や修論でもAIコーディングの利用が当たり前になりました. そうでない研究室もあるかもしれませんが, 少なくともうちでは, AIの研究室がAIコーディングを利用しないのは自己否定に等しいので😆, 積極的な利用を推奨しています. ただ悲しいことに, AIコーディングを正しく利用できているケースは稀です. ぶっちゃけイケてないです😞

イケてないポイントは以下の2点です.

  1. AIに正しく指示できない
    何をコードしたいのかよくわからないまま, なんとなくプロンプトを書いている. ソフトウェア開発の基本たる設計が甘く, 仕様が不明確.
  2. 生成されたコードを評価できない
    AIがちょっと高度なコードを生成すると理解できないので, そのコードが正しいのかどうか判断できない. 要するにコードレビューができない.

1はまだいいとして(よくないけど), 2は致命的です. 人間がAIのアウトプットに責任をもてないということなので, だったらその人間は必要ないということになります.

コードレビューができない…まさにこんな状況 (Vibe coding memesより)

上述のKarpathyの事例を挙げるまでもなく, AIが80%の仕事をしたとしても, 残りの20%を人間がやらなければ100%になりません. コーディングで80%の仕事はゼロと同じです.

AIは能力格差を増幅する

AIコーディングは能力の高いエンジニアの生産性を何倍にも高める一方, 上で述べたようなイケてないエンジニアの生産性はあまり向上しません. 生産性が能力に比例するのがAI以前だとすると, AI時代の生産性は能力の高い人により有利に働きます. 能力の高い人と低い人の「貧富の差」は拡大し, エンジニアにとって過酷な世界がやってきます.

AI時代の生産性は能力の高い人により有利に働く.

「能力」の質も変わります. AI時代により必要とされるのは, ソフトウェアの仕様を明確化してAIに正しく指示する言語化能力です.

AIに仕事を奪われるということ

AIが人間の仕事を奪うと言われています. ソフトウェアエンジニアは危ないということもよく言われます. 多くの人々にとってまだイメージが湧いていないと思いますが, たぶん下図のイメージです. 従来は1つのプロジェクトに3人のエンジニアがアサインされていたとします. AIの出現により, 能力の高いエンジニアがAIを使って3人分の仕事をこなす生産性を得ます. そうすると, 能力で劣る他の2人は仕事を失います.

1人がAIを使って3人分の仕事をこなすと, 残りの2人は仕事を失う.

ソフトウェア開発という仕事自体はしばらくはなくならないでしょうし, 人間のコーディングスキル(+言語化能力)も不要にはなりません. ただ, 必要な人数が減ります. 能力が低く, AIを使ってやっと一人前というようなエンジニアは必要とされないので, 負け組になります.

コーディングスキルが本当に不要になる日

そうは言っても, 今年の大学入学テストでAIが得点率96.9%を達成したというニュースもあり, AIはすでに一般人の学力をはるかに超えています. コーディングにおいても, 私の実感では平均的な学部生のレベルはすでに超えており, 遠くない将来には人間のエキスパートをも超越する能力を獲得するでしょう. 

もしそうなったら, いよいよコーディングスキルは不要になる? 答えはYES. そりゃそうでしょう. 人間よりAIがずっと優れているんだから, 能力で劣る人間が手を出す余地はありません. 情報系・データサイエンス系の学生がコーディングを勉強する必要もなくなります. 

でも, これが現実に起こった場合, コーディングスキルがどうのこうのという以前のもっと大変なことが起こりますね. 汎用人工知能(AGI)の誕生です. なぜなら, AIが自身のコードをより良いものに書き換えて自己改善できるからです. 

近頃テック業界のリーダーたちは, AIが自身を書き換えて少し改善して…をひたすらくり返すプロセスを自己改善のループ(self-improvement loop)などと呼んでいて, このループが行きつくところまで行けば(ループが閉じれば) AGIが生まれる, つまりシンギュラリティに至ると考えられています.  

今年も1月に開催されたダボス会議のこの対談は非常に興味深い. Anthropic社のDario AmodeiはAIの「自己改善ループ」が1~2年で閉じると予想. Google DeepMind社のDemis Hassabisはより保守的だが予想の方向は同じ.

「もうコーディングの勉強しなくていいんだ!」などと喜んでいる場合ではありません. シンギュラリティの定義上, それより先の未来は予測不能.  AI悲観論者たちが主張する「人類がAIに支配される」のようなSF的な言説は横に置いておくとしても, エンジニアの大量失業とは比べ物にならない巨大なインパクトが人類に降りかかり, 長期的にはわかりませんが少なくとも短期的には世界が混乱状態に陥るでしょう.

結局コーディングの勉強は必要?

まとめると, AIのコーディングスキルが人間を超越するタイミングをシンギュラリティとすると,

  • シンギュラリティ以前: AIの誤りを正すために人間の高度なコーディングスキルが必要
  • シンギュラリティ以後: コーディングスキルはおそらく不要だが, 代わりに何が必要になるかは予測不能

問題はシンギュラリティがいつ到来するかですが, 今はいろんな人がいろんなことを言っていて,

  • 1~2年で到来する説: 前出の動画のDario Amodeiや, 昨年4月にAI2027を発表したDaniel Kokotajlo
  • 10年以上かかる説: 前出の動画のDemis Hassabis (50% chance by the end of the decade)や, 本稿で再三登場するAndrej Karpaty (AGI is still a decade away)
  • それらの中間: 5年以内, 2030年までになど. 今のKokotajloらはここ?

というような状況なので, 誰にもわかりません. だったら, いつ来るかわからないものを当てにして勉強を怠けるよりは, 確実な目標に向かって勉強して, 限られた時間を有効に使った方がいいと思いませんか?

コーディングを楽しむ

コーディングは本来楽しいものです. 授業で先生から課題を与えられてやっているうちはそんな気分ではないかもしれませんが, どうやったらコンピュータが自分の思った通りに動いてくれるかを考えてコードを書き, 検証し, 改良する作業は, 思考力を鍛える良いエクササイズです. コードの書き方次第で, 処理速度が著しく低かったり, ちょっと想定外のデータが入るとあっさり落ちたり, 実装のちょっとした違いで意外と差がつくのが面白いところ.

私はこの世界に入ってから実に30年以上, C/C++ (第1言語), Python (第2言語)などでコードを書いてきましたが, いまだにコーディングが楽しいです. 授業で配るサンプルコードくらいでも, 自分で問題を考えて自分で解くという作業をしていると, あっという間に時間が過ぎる感覚があります. 

そんな私のような人種にとって, AIコーディングは一長一短です. AIの活用によって, 確かに生産性がずいぶん上がりました. が, 自分でコードを書かなくてもほぼ完成してしまいます. 自分で作った料理は, 途中で多少の失敗があっても, そのプロセスも含めて間違いなく美味しいです. 例えるなら, AIコーディングで書いたコードはスーパーで買ったお惣菜の味です. 以下のツイートは多くのコーディング好きの心を代弁しています(苦笑). 画像は15年前の映画, 『ソーシャルネットワーク』でマーク・ザッカーバーグ役を演じたジェシー・アイゼンバーグですね.

そう遠くない将来(早ければ1~2年後, 遅い場合は10年後), AIコーディングが人間を超越する時代が来るでしょう. それまでは, まだ人間がコードを書く意味があります. 一方その先の未来では, コーディング以外のどんなスキルが人間に求められるか, 誰にもわかりません. 当面は, コーディングスキルを養う努力を(楽しみながら)続ければよいのではないでしょうか?

2025年4月1日火曜日

日本のテック企業はAIとどう向き合うのが正解か?

また久しぶりに記事を書きます. どうでもいい話から入りますが, 近頃ネットを散策しているとこの広告がやたら出てきます.

「日本におけるChatGPT分野の第一人者」だそうですが, 聞いたことないです. まあChatGPTの登場以降, 必ずしも技術に強くない人もこの業界に参入できるので, 私が知らなくても活躍している人はたくさんいる(*1)のですが, さすがにこれはちょっとね. なんで和装なんだろうというのも地味に気になりますが😂何にせよ, 情報弱者を相手にした商売なのでしょう. (この方のことをよく知らずに言っていますので, 間違っていたら遠慮なくご指摘ください)

(*1) 例を一つ挙げると, 昨年末の人工知能学会合同研究会(SIGAIs 2024)で, 生成AIをとことん使いまくっているという聖マリアンナ医科大の先生の講演を聴きました. 講演者の小林泰之先生は, 専門家よりもはるかに生成AIを活用することについて貪欲で, 最新の生成AIの能力を存分に引き出しているようでした. こういう純粋ユーザが今のAI業界では重要な存在で, これからさらに立場を強めていくと思います.

2024年10月27日日曜日

「AIにノーベル賞」が意味するところ

半年ぶりくらいで記事を書きます. 大学教員になって4年が経ちましたが, 同じ場所に4年もいるといろいろと仕事が増えて多忙になります. 学部運営などで重要な役割を任せていただけるのはありがたいことであり, 4年前にこの大学に拾ってもらった恩返しの意味でも大学に献身する所存ですが, 教員の本分である教育と研究に思うように時間が取れないのはもどかしいところです.

2024年5月5日日曜日

家系ラーメン王道 @杉田

横浜市磯子区・杉田といえば, ラーメンの一大ジャンル「横浜家系」の元祖「吉村家」がかつて営業していた家系ラーメン発祥の地, いわば聖地です. 1999年, 吉村家が横浜駅前の一等地に移転した後も, この地を中心とした横浜駅以南には綺羅星の如く輝く家系の名店が数多くあります. 過去にご紹介した金八家はまさに綺羅星の一つですが, それに優るとも劣らぬ実力店がこちら, 通称・横浜王道.

家系ラーメンの保守本流, 吉村家やその直系店が赤であるのに対して, 王道家グループのイメージカラーはビビッドな黄色.

2024年3月28日木曜日

OpenAI Soraは実際すごいのか?

旅立ちの季節, 本学では今年も3月25日に卒業式が行われ, 学部・大学院の卒業生に学位記が授与されました. いや~, 毎年のことながら本当にめでたい!!

八景キャンパスの体育館で行われる卒業式. 学生による混声合唱や管弦楽の生演奏も素晴らしい.

以前にも書いたかもしれませんが本学八景キャンパスは女子率が高く(6割くらいが女子), 卒業式で見られる色とりどりの袴姿は実にかわいらしく, 大変華やかでおめでたい雰囲気です.

正門で記念写真を撮る卒業生と保護者の皆さん, 誠におめでとうございます🎉 

当研究室も学部5人, 修士2人がそれぞれ学業を修めて卒業していきました. 卒論&修論, 辛かったけど(先生も辛かったけどw)皆よく頑張ってくれた. ちなみに今年は2018年のデータサイエンス学部設置から6年で, 学部1期生が修士2年まで到達して初めて生え抜きの大学院修了生が出た記念すべき年でもありました.

2023年12月30日土曜日

続・昔の大学はこうだった (同窓会に行ってきた)

気がつけば師走. ChatGPTの衝撃的デビューから早1年. この1か月だけでも, OpenAIのCEO解任騒動があったかと思えば, GoogleがGPT-4対抗の新作AI, Geminiを発表. その能力を示すハンズオン動画は驚くべき内容でしたが, 実は映像をそれっぽくつなぎ合わせたフェイクであることが判明, 批判を浴びる姿を見るに, やはり「あのGoogleがすっかり"ふつうの会社"になってしまった」と感じます. そういえば, 勤続18年のGooglerが会社を去るにあたって投稿したブログ記事が最近話題になりました. Google社内で幹部が何かを語る際, 近頃は語る前からその内容を予想できたとのことなので, 要するに事なかれ主義的な大企業病ですね. 何にせよ相変わらず騒々しいAI業界です.

 
2023年12月7日9時と12月23日16時に撮影した八景キャンパス. 美しく色づいたイチョウが半月ほどで落葉してすっかり冬枯れた風景に.

2023年8月16日水曜日

AIと人間は区別できません

前期の講義やゼミに追われていたら, もう夏休み. 企業研究者から大学教員に転身してもうすぐ3年になりますが, なぜかいまだに学期中は毎週が自転車操業. 最初の1年を回せば2年目以降は楽になるはず…と思ったのは甘い見通しでした. (苦笑)

青空と緑のコントラストが映える, 夏真っ盛りの金沢八景キャンパスのイチョウ並木. 今から3か月もすれば, 昨年のようにまた美しく色づくはず.