2025年4月1日火曜日

日本のテック企業はAIとどう向き合うのが正解か?

また久しぶりに記事を書きます. どうでもいい話から入りますが, 近頃ネットを散策しているとこの広告がやたら出てきます.

「日本におけるChatGPT分野の第一人者」だそうですが, 聞いたことないです. まあChatGPTの登場以降, 必ずしも技術に強くない人もこの業界に参入できるので, 私が知らなくても活躍している人はたくさんいる(*1)のですが, さすがにこれはちょっとね. なんで和装なんだろうというのも地味に気になりますが😂何にせよ, 情報弱者を相手にした商売なのでしょう. (この方のことをよく知らずに言っていますので, 間違っていたら遠慮なくご指摘ください)

(*1) 例を一つ挙げると, 昨年末の人工知能学会合同研究会(SIGAIs 2024)で, 生成AIをとことん使いまくっているという聖マリアンナ医科大の先生の講演を聴きました. 講演者の小林泰之先生は, 専門家よりもはるかに生成AIを活用することについて貪欲で, 最新の生成AIの能力を存分に引き出しているようでした. こういう純粋ユーザが今のAI業界では重要な存在で, これからさらに立場を強めていくと思います.

さて本題. しばしば指摘されていることですが, ことAIにおいて日本の地位は決して高くありません. GDPで見れば我が国は今でも5本の指に入る経済大国なので, AI分野でも世界をリードしているかと思いきや, 全然そんなことはなく. 少し古いデータですがNeurIPS 2021の論文数を見ると, 日本は米国, 中国, 英国, カナダ, スイス, ドイツ, フランス, 韓国, シンガポール, イスラエル, オーストラリアの次で, 5本の指どころか10本の指にも入っていません. 

NeurIPS 2021 (機械学習分野のトップカンファレンスの一つ)の国別論文採択数 (syncedreview.com)

スタンフォード大学が毎年春に発行するAI Index Report (2024年版)によると, 民間企業の投資額で12位(p.247, Figure 4.3.8), 新興企業数で10位(p.251, Figure 4.3.12). 一方で特許は4位(p.43, Figure 1.2.6), 産業用ロボットの導入件数では2位(p.286, Figure 4.5.4)と特定の領域では強かったりもするので, 総合的には米, 中, 英, 印, UAE, 仏, 韓, 独に次ぐ9位という立ち位置のようです. 現在の大規模言語モデル(LLM, いわゆる生成AI)の潮流には, 乗れているとは言えません.

財力がモノを言う, 技術と資本の融合

なぜ日本の地位が低いのかということについては, 少し前に出た松尾豊先生のインタビュー記事が明快です.

生成AIに立ち後れた日本の活路は―スタートアップを生み出す研究者、松尾豊さん

2000年代半ばのスタンフォード留学時代に, グーグルに代表される米国の巨人企業が半端ない規模のデータ量と計算リソースで画期的な研究成果を上げる様を間近で見て, この分野は技術(知恵)だけでは勝てない, 資本(金)が不可欠であることを理解したということです. 例えば私の分野で言えば, 同時期にリリースされたグーグル音声検索の原形, GOOG-411は象徴的です. 当時(深層学習がない頃)の音声認識は未成熟で, 検索クエリのような大語彙の認識は不可能と考えられていました. しかし圧倒的に大量のデータを投入すれば, 検索で使えるレベルの大語彙音声認識が作れることをグーグルは証明しました. この流れが急速に進行した結果として今のChatGPT, Gemini, Claudeなどがあるわけで, 米国は15~20年前にその流れにいち早く乗り, 日本は乗り遅れたと.

この遅れをどうしたら挽回できるか? 残念ながら起死回生のホームランのような策はないが, きちんと投資をして正しい一手を打ち続ければいずれ勝機が見えてくる…そんな松尾先生の考えは非常に健全で正しいと思います. 今年に入って中国のDeepSeekがすい星のごとく現れたのは明るいニュースで, 我が国にも勝機はあるということです(まあ中国の投資額も半端ないので, あれくらいやる必要があるということなのですが…).

前出のAI Index Report, 第4章の図4.3.8. 民間投資の国別比較.

日本企業は十人十色

そんな背景を踏まえて, 4つの企業の動きを見てみましょう.

① 今現在, 突出して目立っているのはソフトバンクグループであろうと思います.

孫正義氏、「日本的な生成AI」をバッサリ--「『パラメーターが少ないから効率的』は予算がない言い訳」

孫正義会長曰く「よく、日本製の生成AIだから工夫をしようと、工夫をするからとパラメーターを少なくして、少ないパラメーターだと省電力、チップが少なくて済む、小さくするのが努力、日本的だと主張する人が多い。しかし僕に言わせればそれは言い訳だ」. さらに, 「GPUが買えない、電気が買えない、予算がないから仕方なく小さくしているようだ」. 

…もうぐうの音も出ない正論ですが, 皆が薄々思っていても口に出さないことをここまではっきり言ってしまうのがすごい💦

口だけではなく行動もすごい. SB IntuitionsというLLM開発専門の子会社を作り, 巨額の資金を人材とGPUに投じています. 昨年10月の時点ですでに6,000基のGPUを保有(Ampere 2,000 + Hopper 4,000). これはおそらく国内では圧倒的トップ(*2)でGAFAに匹敵する規模. 本気でGAFAと戦う気? さらにOpenAIには400億ドル(約6兆円…Hopperに換算すると100万基くらい!)という巨額を投資し, 極めつけはOpenAI, Oracleと共同で5,000億ドル(78兆円)を出資して米国内にデータセンターを建設するというホワイトハウスの発表にも関与.

(*2) 以前の記事参照. 表に出ている情報によれば, NECは新世代のHopperアーキテクチャがなく, 前世代のAmprereアーキテクチャのみで928基.

時価総額で一時世界一にもなったNVIDIAのCEO, ジェンスン・ファンと対談もやってのける, この人は一体何者!? (写真はNVIDIA Japan Blogより)

孫正義氏は好き嫌いの分かれる人物で, 好きか嫌いかと聞かれれば私もあまり好きではありませんが😅, 技術の素人でありながらその本質を理解して躊躇なく投資する, その決断力と実行力は一級品. 2024年のTIME誌のAI分野で最も影響力のある100人(TIME 100/AI)に日本から唯一選ばれています. 孫氏はもしかすると, 松下幸之助や本田宗一郎のような伝説級の経営者に比肩する大経営者なのかもしれません. 

YouTubeで見られる孫正義25歳の頃(1980年代前半)のインタビュー. 当時から只者ではないオーラが出ていた.

② ソフトバンクグループと比べると対照的で面白いのが楽天です. 楽天もLLMを自社開発していますが, オープンソースのMistral-7Bをベースとして追加の学習を施した, 7Bパラメタの比較的小さなモデル. Mixture of Expert (MoE)方式で8種の7Bモデルを統合したモデルも最近発表しました.

1月に開催された楽天市場の出店者向けイベントで, 三木谷浩史会長曰く「楽天のAIはショッピングに特化」「効率性が高く利用料金も安くなる」.

楽天・三木谷社長「店舗がどこまでAIを使いこなせるようになるか」 楽天新春カンファレンス2025講演

しかし皆さんおわかりの通り, これって孫正義氏が酷評する日本的努力そのものですね. 小さいことを正当化するために三木谷氏が引き合いに出したのが「アインシュタインの脳のシナプスはシンプルだった」だそうですが, 誰に入れ知恵されたのか知りませんがそんな人間の特殊ケースを持ち出されてもね….

"No AI, No Future" (AIなくして未来なし)というメッセージも心なしか軽く聞こえる. (画像は前出の記事より引用)

もちろん三木谷氏も日本を代表する経営者であることは間違いなく, 例えば楽天モバイルがどれだけ赤字を出して周囲から批判されても, 頑として止めない意志の強さなどは一流経営者だなと思います. ただAI分野については, 孫氏のように世界の覇権を握ろうというような野望はないのでしょう. 現実問題として, 楽天の研究開発部隊はそれほど大きくないはずなので, 妥当な判断かと.

さすが英語を公用語とする会社, 社長のインタビューも当然英語なんですね(台本ガチガチで作り込んだ感じではあるが😝). ここでも小さいAIで頑張ると語っている.

③ 日本を代表するテック企業の一つ, NECは, 中央研究所と呼ばれる1,000人規模の研究開発部隊を擁し, 国内有数の高い技術力を有する大企業. cotomiと名付けられたLLMを2023年7月(ChatGPTが登場してまだ半年少々の頃)に発表しています. サイズも13Bパラメタで2桁超を出しており, さすがNECと感心させられました.

が, 3桁の領域に行くにはさらに膨大な資本が必要と思われ, 基本路線は楽天とそれほど違わないようです. 最近の同社の発表でも, 「医療、金融、製造の3重点分野に特化したLLMを提供」という方針で, 「高速で軽量」や「純国産で安心」といったところが同社LLMの優位性. 自前の大規模データを持たないNECは, 顧客からデータの提供を受けてソリューションをきめ細かくカスタマイズする商売を得意としており, LLMもそのやり方で行くのでしょう.

すでに医療分野などで実証が進んでいて, 先日の言語処理学会年次大会(NLP2025)でも発表があった.

なお, ここまでソフトバンクを上げて楽天やNECを下げる感じで書きましたが, 楽天やNECの判断は真っ当です. GAFAの時価総額はざっくり, Apple 3兆ドル, Amazon 2兆ドル, Alphabet (Google) 2兆ドル, Meta (Facebook) 1兆ドル. MicrosoftやNVIDIAもAppleに近い位置です. 対してNECはどうかというと, 最近伸びているとはいえせいぜい200~300億ドルです. 要するに米国の巨人企業は本当に巨人で, NECの100個分くらいの大きさがあります. そんな相手とLLMのパワーゲームで戦って勝てるとは, 常人なら考えないでしょう. どちらかというと真っ当でないのはソフトバンク(孫さん)の方です. ただ, 松尾先生の言う「正しい一手」を打っているのも孫さんの方だと思いますが.

④ 最後に触れたいのはDeNAです. 2月に開催された自社イベント, DeNA TechCon 2025での南場智子会長のオープニングトークは印象的です.

「DeNAはAIにオールインします」なるキャッチコピーが素晴らしい. 忙しい方は全文書き起こしをどうぞ: DeNA南場智子が語る「AI時代の会社経営と成長戦略」全文書き起こし

「DeNAはAIにオールインします」というキャッチコピーがなかなか奮っています. どういうことかというと, どこかの会社のように(中途半端なサイズの) LLMを自社開発するということではもちろんありません. ざっくり要約すると…

  • AIの可能性:これからAIはますます社会に浸透して人々を助けるだろう. 自分自身も経営者として, NotebookLMやDeep Researchなど活用して日々の仕事がずいぶん楽になっている. AIは人間の能力をブーストする.
  • AIを徹底活用: DeNAの全社員がAIをフル活用すれば, 今の何倍ものパフォーマンスが出せる. まず現業を今の半分の1,500人で回し, なおかつ成長を維持する. 残りの半分の1,500人は新規事業に回す. 10人で1チームの新規事業開発チームをたくさん作る. AIを駆使すればわずか10人でもユニコーン企業級の大型事業が創出できる.
  • 狙いはAIアプリケーション:半導体(NVIDIA), 計算インフラ(AWS, GCPなど), 基盤モデル(ChatGPT, Gemini, Llamaなど), 開発ツール(何を指すのか不明だがHugging Face, W&Bなど?)は巨人企業の競争が繰り広げられている. 巨人たちが攻めてこないとも限らないがそうなりにくいアプリケーションでDeNAの強みを発揮できる.
  • (ここまでが前半で, 後半もいろいろ語られていて面白いけど省略)

半導体~計算インフラ~基盤モデル~開発ツール~AIアプリの多層構造で, DeNAは最上位層を狙う. (画像は前出の全文書き起こしより引用)

DeNAくらいの規模の会社は, 巨人たちの競争に巻き込まれたらひとたまりもないでしょう. なので巨人たちが目をつけない場所で稼ぐと言っているのですが, トップが自らAIを活用して, その可能性を理解した上で語る未来がとてもリアル. 一つ一つのメッセージに説得力があります. 紹介した4社の中で一番筋が通っているのでは.

今回も長くなってしまいました(筆不精だが書き始めると止まらなくなる私…). 一口にIT企業といっても昨今はいろいろな会社があるということです.

さて今日から2025年度! 当研究室もB4 6人, M2 5人が全員無事に論文を提出して, それぞれ学位を取得しました. そのうちB4 3人とM2全員が当研究室を巣立っていきました. 8人が一気にいなくなり寂しい気持ちもありますが😢 OB/OGが社会で活躍し, 結果として当研究室のブランド価値を高めてくれることを祈るのみです😊


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