また1か月空いてしまった…滅多に更新されない当ブログにお越しいただきありがとうございます. 4年生の卒業論文(1/27提出, 2/10発表会)が終わり, 2021年度もようやく山を越えました. 1月3日に研究室の4年生を招集して緊急会議を実施してから, 2月10日に卒業論文発表会を終えるまでは気の休まらない日々でしたが, 逆に言えば刺激的で楽しい時間でした. 今年の4年生は2人とも自然言語処理(NLP)を卒論テーマに選んだので, 指導教員自らTransformerやらBERTやらのコードを書くこともしばしばで, 自分自身の勉強になりました.
私は画像認識, 音声認識, NLPなど一通り経験がありますが, 専門はどれかと問われれば音声であり, それと比べるとNLPは得意ではありません(音声と言語は近いようで意外と遠い). しかし大学院で自然言語処理を教えている関係で, 本学での私はNLPの人. まあ私としては, 今までと違うことがやりたくて大学教員になったので, 自身の「キャラ」が変わるのは歓迎です.
本日のトピックは, 発明するAI. 去年の夏頃にニュースになった事案ですが, 最近また, 本件の特許出願を担当した代理人, Ryan Abbott氏のインタビュー記事が出ていました.
通常, 特許出願では発明者と出願人をその国の特許庁に届け出るわけですが, 本件の場合は発明者にAI (非人間)が記載され, しかもそれが南アフリカ特許庁で認められて特許権が成立したということで話題になりました. その後すぐに, オーストラリア特許庁でも特許権が成立したのだそうで, いやはや.
気になるのはやはり, AIが成した発明の中身. どんな斬新なアイディアなのか? 実際は意外とふつうです. 発明の名称は「食品容器 (Food container)」. 容器の外側に下図のようなフラクタル(自己相似)形状の凹凸をつけると, 持ちやすかったり運搬時の揺れを抑えられたり, さらには保温性も高まるというもの. 特許の構成要件たる課題, 解決手段, 効果は妥当で, 類似の公知技術がなければ特許権は成立しそうに思われます.
このアイディアを生み出したAIとはどのようなものなのか? そこも気になりますね. 名前はDABUS (Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Sentience). 米国の技術者, Stephen Thaler博士が2019年に開発. The Artificial Inventor Projectとして特許業界では有名なシステムらしい. その中身は, Thaler博士が設立した会社のWebサイトで説明されているのですが, 多分に観念的で, 何を言っているのか私にはさっぱりわかりません. とりあえずニューラルネットワークが使われているようではありますが, 想像するに, 既存の特許を大量に収集して, それらの断片をシャッフルしていろんな組合せを作ってみて, ごくまれにそれらしいアイディアが生まれるのでそいつを出力する…という感じでしょうか. 要は, 計算機のパワーに任せてあらゆる可能性をシラミ潰しに探す進化計算(かつては遺伝的アルゴリズムと呼ばれていた)の一種かなと.
近年, 絵を描く, 作曲する, 広告コピーを作るといったクリエイティブな仕事をする様々なAIが発表されているので, 発明するAIがあったとしても驚くほどではありません. むしろ, DABUSの件に対する世間の反響の大きさの方が驚きです. ここでは以下の2点を指摘します:
- DABUSは特許の「発明者」だが「出願人」ではない
- 実態は人間の思考支援ツールに過ぎないと思われる
1について, 特許の仕組みを知らない一般の人々には誤解されやすいところですが, 発明をなしたその人である発明者(inventor)と, 特許権を保有する出願人(applicant)は別です. 典型的なのは, 企業で技術開発に従事するエンジニアが発明者となり, そのエンジニアを雇用する企業が出願人となるケース. 発明者は特許出願書類に名前が載りますが, 発明に関する知的財産権を所属企業に委譲します. したがって, 特許権を行使して一次的な利益を得るのは出願人であり, 実務上は発明者が誰であろうと大勢に影響はありません. 今回のDABUSのケースでも, AIは発明者に過ぎず, AIのオーナーであるThaler博士が出願人となっています.
2については, 昨今のAIに対する人々の誤解を象徴していて面白いなーと思うのですが, 常識的に考えるなら, AIが生成する特許候補の大半は使い物にならないゴミのようなもので, そのようなゴミの山から使えるアイディアを選別するのはおそらく人間です. また, 使えるものもそのまま特許庁に出願できるほど具体的ではなく, 人間がアイディアの新規性・進歩性を明確化して権利範囲を定める整理作業が必要なはず.
昨今のAIが創造的な仕事の役に立っているのは間違いありませんが, 人間並みに創造的かというと決してそんなことはなく, DABUSの事案については, 話題性を狙ったビジネス的な意図しか感じません. DABUSの代理人, Abbott氏は, UKとEUの特許庁に出願する際, まず発明者を記載せずに出願書類を提出し(UKとEUの特許法ではそれが許される!), 特許庁から「特許性あり」との審査結果が出てから発明者を記入したそうです. 明らかに「バズる」ことを狙ってやっています.
米国の計算機科学者, Melanie Mitchellは, 2019年の一般向け著書, "Artificial Intelligence: A Guide for Thinking Humans" (日本語版『教養としてのAI講義』)の中で, 母親との次のような会話を紹介しています.
母 - AIの分野に携わっている人の問題点は、あまりにも擬人化しすぎることね!
私 - 擬人化しすぎるって?
母 - 彼らの言い方は、まるで機械がただ思考を模倣するのではなくて、本当に思考できるようになるかもしれないというように聞こえるのよ。
この会話を突き詰めると, 人間とAIの本質的な違いは何かという根源的な問題に行き着いて, それはそれで深い沼なのですがw それはともかくとして. 私たちは, ただのコンピュータプログラムであるAIを人間であるかのように見てついつい想像を膨らませるわけです(人型ロボットのようにAIが身体をもった場合はさらにタチが悪い). それはしばしば誤解を生み, そんな誤解が昨今の過剰なAIブームを招いたとも言えます. そろそろ, AIを冷静な目で見始めてもよい頃ではないでしょうか.
OpenAIのチーフサイエンティストはこんなこと言ってますけどね. まあこれはこれで面白い😜
it may be that today's large neural networks are slightly conscious
— Ilya Sutskever (@ilyasut) February 9, 2022
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