機械学習系の人々はコンペ(競技会; Challenge)が好きです. もっとも有名なのは, 2012年にいわゆる第3次AIブームのきっかけを作った画像物体認識のImageNet (ILSVRC)でしょうか. 共通のデータセットと共通のルールを決めて, 皆が同じ土俵で戦って優劣を明らかにすることにより, どんなアプローチが有効だった/有効でなかったかを皆が共有し, 結果としてその分野の進歩が加速されるというメリットがコンペにはあります. 度重なる加速のおかげでここ10年は変化が速すぎて, 中の人は息をつく暇がないのですが😵
コンピュータビジョン分野のコンペの一つ, AI City Challengeは比較的歴史が浅く, 今年で5回目. 昨年の第4回は中国企業Baiduの活躍が話題になりましたが, 今年はなんと5種目すべてで中国勢が首位という圧巻の結果でした.
- Track 1: Multi-class multi-movement vehicle counting
交差点を通過する車両(直進・右左折)の計数 → Baidu + 中山大学 - Track 2: Vehicle ReID with real and synthetic training data
複数カメラで車両を追跡 → Alibaba - Track 3: City-scale MTMC vehicle tracking
広域の複数カメラで複数車両を追跡 → Alibaba + 中国科学院大学 - Track 4: Traffic anomaly detection
交通事故などの検出 → Baidu + 深セン理工大学 - Track 5: NL-based vehicle retrieval
自然言語による説明を手掛かりとした車両検出 → Alibaba + シドニー工科大 + 浙江大学
中国勢の隆盛は今に始まったことではなく, すでに2017年, AI分野でのジャーナル論文発表件数で米国を抜いて世界一, さらに2020年には論文引用件数でも世界一(IEEE Spectrum Apr. 2021, The 2021 Stanford AI Index Report). この状況には米国政府も危機感を示し, 巻き返しを図っていると日経新聞.
注) カンファレンス論文(動きの速いAI分野ではジャーナル論文に劣らず重視される)は依然として米国が首位.
コメント
AI City ChallengeはNVIDIAなど米国の企業と大学が中心となって運営されるコンペ. そんな米国の縄張りで中国人が好き放題に暴れたわけで, 米国人は不愉快かもしれませんが, 何にせよこの2~3年で「米中2強」の構図がはっきりしてきました.
米中の論文の傾向を見ると, 米国はグーグルなどの民間企業が多いのに対して, 中国は政府系機関が多いのが一つの特徴(前出のStanford AI Index). 中国のAI研究は国策であり, 現政権の覇権主義と結びついていると思われます. 2017年から始まった「次世代AI発展計画」以降の中国のAI投資は米国以上とも言われ, AIにおいて彼の国は本気で米国に勝つつもりです.
米中の技術競争で気になるのが, 政治体制の違いです. ことAIに関しては, 個人情報を含むデリケートなデータを扱うケースが多いのですが, 基本的人権が認められた民主主義諸国ではこの種のデータの取扱いは厳しく規制されます. 2018年にEUが導入した一般データ保護規則(GDPR)は, AI業界に衝撃を与えました. 世論もこの種の問題には敏感で, 企業は世論の顔色をうかがう必要があります. 2020年には, IBMが顔認識技術から撤退, アマゾンとMSが顔認識ソフトウェアを政府司法機関に(当面の間)供給しないと宣言しました. 民主主義の国では技術よりも人権が大事であり, 人権が損なわれるくらいなら技術を簡単に諦めます.
対して, 中国のような一党独裁国家は違います. 共産党政府が強い力をもち, その意向が個人の権利に優先します. 言論の自由がないので世論なども存在しません. 何の躊躇もなく国民から個人情報を収集して, 研究にフル活用して技術を完成します. その中にはインテリジェンス(情報戦)などに有効な軍事技術も含まれます. これを脅威と言わずして何と言いましょう?
基本的人権のない一党独裁国家が技術競争を有利に運んで優位に立ちつつあるというのは皮肉な話ですが, 現実はそのように進んでいます. 折しもこの9月から中国のデータ安全法が施行されています. 「安全」とは名ばかりの、共産党政府が外資系企業を含めて国内の全データを掌握する法律だそうです. 2か月先には個人情報保護法も施行されますが, 個人情報保護の意味合いが民主主義のそれとはまったく異なり, やはりデータの自国内での囲い込みが主眼のようです(TechCrunch Japan).
民主主義陣営はこの競争に負けられません. が, 現状は少々分が悪いかもしれません. 我が国を含む民主主義諸国の人々がどのくらいこの危機を認識できているかと考えると, 悲観的にならざるを得ません. 昭和の時代に「人命は地球より重い」と言ってテロリズムに屈した総理大臣がいましたが, 大局的・長期的視点を欠いた迷言でした.


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